第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「……このまま、君の手を離したくない」

ディランの声は、音楽に溶けるほど低くて、甘かった。

「なんだか、子どもみたいですね」

くすっと笑って返すと、

「それでもいい」

迷いのない、真っ直ぐな声。

「このままずっと、君とこうしていたい」

「ずっと踊るのは、さすがにきついです」

そう言うと、彼は小さく息を吐いた。

「……そういう意味じゃない」

わかってる。
でも、言葉にしないと胸が熱くなりすぎてしまう。

一拍、間を置いて。

「ディラン……」

視線を合わせる。

「アラン殿下とは、話しましたか?」

「……今、兄上の話をするのか」

少しだけ苦笑が混じる。

「終わったら」

指先が、ほんの一瞬だけ強く絡む。

「ちゃんと、向き合ってくださいね」

「……わかった」

短く、でも確かな返事。

音楽に合わせて、私はターンする。
スカートがふわりと広がり、光を受けて揺れた。

再び向き合った瞬間。

「ティアナ……」

その声には、飾りがなかった。

「無事で、戻ってきてくれ」

「もちろん」

そう言って微笑む。
その笑みは、自分でも驚くほど自然だった。

手が離れる、その瞬間——
ディランが迷わず私を引き寄せた。

そして、額に優しいキスが落ちる。

周囲から、特に令嬢たちの悲鳴が上がった。

「ティアナ、愛してる。
行っておいで」

名残惜しそうに私を見つめるディランの手を、私はそっと離す。
離した瞬間、指先に残る温もりが、胸の奥をきゅっと締めつけた。

――戻る。必ず。

その誓いだけを心に刻み、私は彼から一歩、踏み出した。