第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

(……やっば)

完全に、逃げるタイミングを失った。

ローゼとスーザは立ち尽くし、
刺客は拘束されたまま動けない。

(今さら動いたら、絶対気づかれる)

ベランダの影に身を沈め、
息を限界まで殺す。

心臓の音が、耳の中で暴れている。

(頼むから……誰も外を見ないで……)

その時。

「……誰かいますね」

低い。
静か。
なのに、背骨を掴まれるような声。

――レイさんだ。

(うそでしょ……なんでバレるの……)

「…そうか」

ディラン殿下が、ゆっくりと視線を上げる。

(見るな見るな見るな……!)

指先がじわりと汗ばむ。

「そこにいますね」

レイさんの声が、空気を切り裂く。

「隠れても無駄です。
……はっきりと“気配”があります。」

その言い方は、逃げ道を完全に断ち切るものだった。

(終わった)

もう、完全に詰んだ。

飛び降りれば音が出る。
戻れば見つかる。
動かなくても、もうバレてる。

(庭師、詰みました)

一歩。

レイさんの足音が、こちらへ向かってくる。
その一歩だけで、心臓が跳ねた。

「――出てきなさい」

低く、拒否を許さない声。
命令というより“宣告”に近い。