第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……はあ」

ディラン殿下が、深く、長く息を吐いた。
その仕草ひとつで、空気が凍りつく。

「さて。どう落とし前をつけるか」

声は低く、冷え切っている。
怒りすら感じられない――だからこそ恐ろしい。

(ひぇ……これ、本気で怒ってるやつ……)

ローゼとスーザの肩が、ガタガタと震えた。
殿下が一歩踏み出すだけで、2人の呼吸が詰まる。

「も、申し訳……ありません……」

スーザが、喉をひきつらせながら言う。

「わ、わたくしは関係ありませんわ!」

ローゼが必死に否定する。

だが――。

「関係ない? 言葉を選べ」

殿下の声が、刃物のように鋭く落ちた。

「君がティアナにしてきた嫌がらせは、すべて把握している。
渋いお茶、陰口、教科書のイタズラ……」

一拍置いて、さらに冷たく。

「そして――ティアナの指を傷つけた。
花びらにガラス片を混ぜてな」

ローゼの体がビクッと跳ねる。

「俺が気づかないとでも思ったのか」

その声音は、底なしの冷たさだった。

(……と、とりあえず浮気じゃなかったー!!)

心の中で思わずガッツポーズ。

(よかった!
 ほんとによかった!!)

「……そして」

殿下の視線が、刺客へと向く。
空気が一段と重く沈む。

「お前だ」

「ひぃっ……!」

刺客の喉が鳴る音が聞こえるほどの沈黙。

「誰に命じられた?」

逃げ場のない声。
拒否も嘘も許さない声音。

刺客はしばし黙り――ついに折れた。

「……ジョルジュ陛下だ」

その名が出た瞬間。

「やはりな」

殿下は微動だにしない。
驚きも怒りも見せない。
ただ、事実を確認しただけのように淡々としている。

(うわぁ……)

(お嬢さんの言ってた通りじゃん……)

背筋がぞわりと冷える。

(これ……
 俺、聞いちゃいけないやつ……
 めちゃくちゃ聞いてない?)

息を殺し、俺はベランダの影にさらに身を沈めた。