第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……そっか」

少しだけ間を置いて、ティアナ様は静かに頷いた。その仕草は受け入れたというより、次の一手を考えたような落ち着きがあった。

「じゃあ、借金、代わりに払うのでいいかな?」

「……え?」

言葉は聞こえたのに、意味がまったく頭に入ってこない。

「前投資、ってことで」

「……え?」

「それに、あそこのブティックなら寝る部屋もキッチンもあるし。住めるでしょ?」

「……え?」

理解が追いつく前に、彼女の提案だけが軽やかに先へ進んでいく。

「だめ?」

上目遣いで、こてんと首をかしげる。

「い、いや……だめでは、ないですけど……」

返事を探す隙すら与えられない。

「あとね」

まだ続くのか、と息を呑む。

「ルイのお父さんの仕事も紹介するよ。元々、庭師として働いていたんでしょ?」

「……そうですけど……」

思わず聞き返してしまう。

「……どうして、それを?」

「んー?」

にこっと笑う。その笑顔は無邪気なのに、言っていることは容赦がない。

「他に、不満ある?」

……この子は。

ただの伯爵家のご令嬢じゃない。
完全に、逃げ道を塞ぎにきている。

言葉を失っていると、横に控えていた執事――ユウリさんが静かに口を開いた。

「お嬢様は、一度決めたらしつこい方です」

ふわりと穏やかな笑みを浮かべながら、淡々と告げる。

「ですので……早めにお考えいただけると、助かります」

……これは。

“考える余地”があるように見せかけて、実質もう答えは決まっているのでは?

胸の奥がざわざわと騒ぎ出す。