「お嬢様、なにを……」
困惑した声を上げるセナの背中に、ぎゅっとしがみつく。
「私が後ろ向きたいときは、前に立つって言ったでしょ」
「……言いましたけども」
「いまが、そのとき!」
「絶対、今ではないですよ」
そう言いながらも、セナを逃がさないように両腕に力を込める。
がっちりと背中にしがみついたまま、顔を伏せた。
――ディランの顔が、見られない。
「ティアナ、怪我はないか?」
柔らかく、気遣う声が落ちてくる。
「……大丈夫です」
「そうか。無事で、本当によかった」
少しの沈黙。
そのあと、静かに続いた。
「そばにいられず、すまなかった」
「いえ……ディランのせいでは……」
背中越しに、セナが小さくため息をつくのがわかる。
「……顔を見たいんだが」
一歩、近づく気配。
「だめか?」
「え……?」
「無理もないな」
自嘲を含んだ声が、ほんの少しだけ落ちる。
「俺の顔なんて、見たくもないか」
その響きが、胸に深く刺さった。
「無事が確認できてよかった」
ディランは一歩、距離を取る。
「俺は帰るとしよう。邪魔したな」
そう言って、踵を返した。
その背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。
「……お嬢様、いいんですか?」
振り返ったセナが、静かに問いかける。
「よ、よくない」
胸の奥で何かがはじけて、声が震えた。
「……行ってくる」
一歩踏み出そうとした私の背中に、セナの手がそっと触れる。
押すでもなく、ただ支えるように。
「いってらっしゃい」
一拍置いて、いつもの声音で。
「お嬢様」
その一言に背中を押されて、私は走り出した。



