第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「……怖かったんですね」

静かで、優しい声。

「お嬢様が弱いからではありません。
大切な人を傷つけたくないと思う——その気持ちがあるからこそ、迷いが生まれるんです」

ゆっくりと顔を上げ、まっすぐに私を見る。

「それでも前に進んだ。
恐怖を抱えたまま、立ち向かった。
それは強さです。誰よりも」

胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。

「……ありがとう」

そう言うと、ユウリはふっと柔らかく笑った。

「いえ」

「あーあ。ユウリの前だと、ほんとカッコつかないなー」

ソファに寄りかかり、天井を見上げる。

「カッコつける必要はないですよ?」

「だってさ。私は私を好きでいるために……
カッコよく、凛としていたいんだよ」

「それはわかりますけど。ですが——」

ユウリは少しだけ表情を和らげ、静かに続ける。

「私の前では、無理に取り繕う必要なんてありません。
私はお嬢様の執事です。ずっと味方です。なにがあっても」

その声は穏やかで、けれど揺るぎない。

「ダメなところも、弱音も、吐き出してください。
それが私の勤めです」

その言葉は誓いのようで、押しつけがましさはなく、ただ真っ直ぐだった。

「ほんと、頼もしいね」

「そうですよ。だから自分を卑下しないでください。
むしろ——お嬢様は、周りをもっと頼ってくださいね」

紅茶の湯気がふわりと揺れ、静かな部屋に優しい温度が満ちていく。