第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

◇
私はそっと目を開ける。

霧の中で、少年の姿をしたディランは膝を抱えていた。
その背中は小さく、孤独と絶望だけがまとわりついているようだった。

私は胸が痛くなった。
こんなにも――彼は一人で戦ってきたのだ。

「ディラン」

呼びかけると、少年は怯えたように顔を上げた。
その瞳には、自分を信じられない子どもの影があった。

近づこうとすると、見えない結界が私を拒むように弾いた。
私はそっと手を当て、霧の向こうの彼に声を届ける。

「何してるの? 帰ろうよ」

「できない……」

「どうして?」

「僕は……弱いから」

「違うよ。貴方は強い。
でもね……強さだけじゃない。
優しい。誰よりも。
まあ、まどろっこしいと思うこともあるけどね」

私は軽く笑ってみせた。
少年の肩が、かすかに震える。

「努力して、傷ついて、それでも前に進もうとしてきたでしょ。」

私は一歩踏み出し、結界越しに彼の目をまっすぐ見つめた。

「なのに、なんで飲まれてるの。
私のこと好きだって言ったじゃない。
そばにいるって……
また一緒に踊ろうって……
あれ、嘘だったの?」

少年の唇が震え、声にならない声が漏れた。

「……でも……僕は……
選ばれただけで……兄さんより劣ってて……
誰も……僕を見てくれなくて……
僕のせいで……みんな……」

その言葉は、何年も胸に刺さっていた棘のようだった。

私はその棘を抜くように、強く言った。

「違う!」

霧が震え、少年がびくりと顔を上げる。

「私は“貴方”を見てる。
強いところも、弱いところも、
全部ひっくるめて……ディランがいいの!」

私は結界に手を押し当て、必死に届くように叫んだ。

「ねえ……置いていくの?
私を一人にするの?
そんなの、嫌だよ……」

声が震えた。
涙がこぼれそうになった。

「私は……貴方がいたから立っていられたの。
貴方がいたから、前を向けたの。
だから――」

私は泣き笑いしながら言った。