第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


私はそっと目を開ける。

霧の中で、少年の姿をしたディランは膝を抱えていた。
その背中は小さく、孤独と絶望だけがまとわりついているようだった。

私は胸が痛くなった。
こんなにも――彼は一人で戦ってきたのだ。

「ディラン」

呼びかけると、少年は怯えたように顔を上げた。
その瞳には、自分を信じられない子どもの影があった。

近づこうとすると、見えない結界が私を拒むように弾いた。
私はそっと手を当て、霧の向こうの彼に声を届ける。

「何してるの? 帰ろうよ」

「できない……」

「どうして?」

「僕は……弱いから」

「違うよ。貴方は強い。
でもね……強さだけじゃない。
優しい。誰よりも。
まあ、まどろっこしいと思うこともあるけどね」

私は軽く笑ってみせた。
少年の肩が、かすかに震える。

「努力して、傷ついて、それでも前に進もうとしてきたでしょ。」

私は一歩踏み出し、結界越しに彼の目をまっすぐ見つめた。

「なのに、なんで飲まれてるの。
私のこと好きだって言ったじゃない。
そばにいるって……
また一緒に踊ろうって……
あれ、嘘だったの?」

少年の唇が震え、声にならない声が漏れた。

「……でも……僕は……
選ばれただけで……兄さんより劣ってて……
誰も……僕を見てくれなくて……
僕のせいで……みんな……」

その言葉は、何年も胸に刺さっていた棘のようだった。

私はその棘を抜くように、強く言った。

「違う!」

霧が震え、少年がびくりと顔を上げる。

「私は“貴方”を見てる。
強いところも、弱いところも、
全部ひっくるめて……ディランがいいの!」

私は結界に手を押し当て、必死に届くように叫んだ。

「ねえ……置いていくの?
私を一人にするの?
そんなの、嫌だよ……」

声が震えた。
涙がこぼれそうになった。

「私は……貴方がいたから立っていられたの。
貴方がいたから、前を向けたの。
だから――」

私は泣き笑いしながら言った。