第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「――蒼き風よ、導け。ラピスラズリ」

詠唱とともに、短剣が蒼い光を帯びる。
刃が風をまとい、蒼い軌跡を描いた。

私は地を蹴った。
踏み込みは鋭く、迷いの欠片もない。
その一歩は、恐怖を断ち切る覚悟そのものだった。

同時に、ディラン――いや、ジョルジュが剣を構える。
若い肉体の反応速度は本物のディランと変わらない。
その事実が胸を刺すように痛む。

カンッ、カンッ!

蒼い刃と銀の剣がぶつかり合い、火花が散る。
衝撃が腕に響くが、歯を食いしばり、押し返した。

「軽い、軽い……!
すごいな、若い身体は」

ジョルジュの声は愉悦に満ちていた。
ディランの身体を使って戦うことすら、楽しんでいる。

その笑みが、怒りにさらに油を注ぐ。

――絶対に、取り戻す。


剣先がディランの頬をかすめ、薄く血が滲む。
赤い線が肌を伝い落ちる。

その瞬間、胸が強く締めつけられた。

――中身は違う。
――でも、この身体はディラン。

分かっているのに、腕が震える。
ほんの一瞬、刃が止まった。

その迷いを、ジョルジュは逃さない。

「どうした?
愛しい男の顔を傷つけるのは、そんなに辛いか」

ディランの声で、冷たく嘲るように笑う。
その笑みが胸をえぐる。

ディラン――
優しい顔で、優しい声で、名前を呼んでくれた。
あの温もりが、今はどこにもない。

――戻ってきてよ。
――なんで飲まれてるのよ。

心の叫びが胸の奥で渦巻く。

だが、返ってくるのは容赦ない剣撃だった。

ガンッ!
ガンッ!

重い衝撃が腕に響く。
ジョルジュの剣は、迷いのない、殺意だけを帯びた一撃。

「ほら、どうした。
そんな迷いで私に勝てると思うのか」

私は歯を食いしばる。
涙がにじむほど悔しくて、苦しくて――それでも剣を握り直した。

迷っている場合じゃない。
このままじゃ、ディランが完全に奪われる。