偽物が消え、迷宮の気配が霧のように薄れていく。
静寂。
その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
……いや。
動くことが、できなかった。
さっきまで——あの声で、あの顔で、
“欲しかった言葉”を差し出されていた。
世界で一番、愚かで、残酷な罠。
喉の奥で、息が詰まる。
幼いころから仕えてきた。
『ユウリ!』
無邪気な笑顔で呼ばれる、その名前。
昔から変わらない声。
いつも前を向き、努力し続ける彼女。
頑張りすぎて、無理をしてしまう彼女。
「嫌だな」と不貞腐れて唇を尖らせる彼女。
私の前だけで見せてくれる、ありのままの彼女。
……全部。
全部が、大切で。
どうしようもなく、愛おしい。
「……危なかったな」
ぽつりと、誰もいない空間に零れる。
本当に危なかったのは、
命でも、理性でもない。
――自分の、願いだ。
手袋を外す。
掌には、爪が食い込んだ赤い跡。
血は出ていない。
それが、余計にたちが悪い。
「あれが……本物だったなら」
静かに、笑う。
自嘲でも、冗談でもない。
ただの事実として、そう理解している。
「……お嬢様は」
声が、ほんの少しだけ低くなる。
「そんな地獄を、
私に許す方ではない」
だから。
今日もまた、守れた。
――彼女の執事である自分を。
その直後、聞こえてくる足音。
レイの気配。
私は即座に背筋を正し、
感情を完全に消した。
「ユウリさん、大丈夫でしたか?」
レイが静かに声をかけてくる。
「はい、大丈夫です。……レイさんは?」
「こちらも、何とか」
レイは視線を落としたまま、しばらく黙り込んだ。
互いに、何を見せられたのかは聞かない。
聞けない。
迷宮の空気だけが、まだ肌にまとわりついている。
「……進みましょうか」
私が口を開くと、レイも小さく頷いた。
「そうですね。……急ぎましょう」
静寂。
その場に立ち尽くしたまま、動けなかった。
……いや。
動くことが、できなかった。
さっきまで——あの声で、あの顔で、
“欲しかった言葉”を差し出されていた。
世界で一番、愚かで、残酷な罠。
喉の奥で、息が詰まる。
幼いころから仕えてきた。
『ユウリ!』
無邪気な笑顔で呼ばれる、その名前。
昔から変わらない声。
いつも前を向き、努力し続ける彼女。
頑張りすぎて、無理をしてしまう彼女。
「嫌だな」と不貞腐れて唇を尖らせる彼女。
私の前だけで見せてくれる、ありのままの彼女。
……全部。
全部が、大切で。
どうしようもなく、愛おしい。
「……危なかったな」
ぽつりと、誰もいない空間に零れる。
本当に危なかったのは、
命でも、理性でもない。
――自分の、願いだ。
手袋を外す。
掌には、爪が食い込んだ赤い跡。
血は出ていない。
それが、余計にたちが悪い。
「あれが……本物だったなら」
静かに、笑う。
自嘲でも、冗談でもない。
ただの事実として、そう理解している。
「……お嬢様は」
声が、ほんの少しだけ低くなる。
「そんな地獄を、
私に許す方ではない」
だから。
今日もまた、守れた。
――彼女の執事である自分を。
その直後、聞こえてくる足音。
レイの気配。
私は即座に背筋を正し、
感情を完全に消した。
「ユウリさん、大丈夫でしたか?」
レイが静かに声をかけてくる。
「はい、大丈夫です。……レイさんは?」
「こちらも、何とか」
レイは視線を落としたまま、しばらく黙り込んだ。
互いに、何を見せられたのかは聞かない。
聞けない。
迷宮の空気だけが、まだ肌にまとわりついている。
「……進みましょうか」
私が口を開くと、レイも小さく頷いた。
「そうですね。……急ぎましょう」



