第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

レイside

足を踏み入れた瞬間、理解した。
これは——精神作用の罠だ。

そう思った刹那、視界が揺らぐ。

ここは……王国内。
殿下の執務室。

「……殿下、ご無事でしたか?」

思わず声が漏れた。

エメラルドの瞳。眩しいほどの金髪。
いつも見慣れた、あの姿。

「何を言ってるんだ、レイ」

「いえ……」

「レイ、疲れるんじゃないか?今日は休んでいいよ」

「ですが」

「もう、今日の仕事は全部片付けてある」

「それは珍しいですね」

いつも抜け出すことばかり考えている主人だ。
オーウェンが苦労しているのは日常だ。

「次期国王になるんだ。さすがにちゃんとするよ」

その表情は、完璧な王太子の顔。

「ティアナとの結婚も控えているしな」

「……そうでしたか」

婚約中のはずだったが?


「ディラン」

ティアナ様が入ってくる。

「ティアナ」

「これ、お渡ししますね」

「さすがだな。次期王妃として申し分ない」

「ありがとうございます」

ティアナ様は、嬉しそうに微笑んだ。

……おかしい。

ティアナ様は、王妃になりたくないはずだ。
王妃教育の最中に退屈しすぎて、甲冑の剣を素振りするような方だ。

なのに、この光景は——

私が、ずっと望んでいたものだ。

殿下が責務を果たし、
ティアナ様が隣に立ち、
穏やかに笑っている未来。

……違う。
これは違う。

これは、私が理想としている“幻”だ。

そう理解した瞬間、胸の奥がすっと冷えた。