第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

お嬢様とのデートの帰りの列車の中でのことを思い出す。

『世界中がさ、敵になったとしてもさ。
 俺は絶対、お嬢様の味方だよ。
 何があっても』

『……私を、どんな極悪人にする気なのよ』

呆れたように笑ったその横顔。
その一瞬を思い出すだけで胸が熱くなる。

『そうだね。
 でも、いっそその方が——』

『お嬢さまを独占できそうだし』

あの時の言葉は、冗談なんかじゃない。
あれは――全部、本心だ。

本気でそう思ってる。

だって、そうすれば俺しか見ないでしょ?
俺しか必要じゃなくなるでしょ?

それくらい俺は、お嬢様しかいらない。

世界がどうなろうと構わない。
お嬢様が俺を見てくれるなら、それでいい。

だからこそ許せない。
お嬢様じゃない“偽物”が、俺の前に立っていることが。

「テオ……」

偽物が本物の声色を真似てくる。
その瞬間、怒りが静かに沸騰した。

俺は迷わず魔宝石の名を呼ぶ。

「紅く、鋭く、我が想いに応えよ――スピネル」

剣が赤黒く瞬き、空気が震える。
魔力が刃に絡みつき、熱を帯びていく。

「縛れ、スピネル!」

赤黒い光が鞭のように伸び、偽物の身体を絡め取った。
光は容赦なく締め上げ、偽物の肌に亀裂のような光の線が走る。

偽物はもがき、幻の涙を零す。
その涙すら、お嬢様のものとは似ても似つかない。

俺の心は一切揺れない。
むしろ――本物を汚された怒りで、視界が赤く染まる。

「本物の記憶を汚すな」

低く呟き、剣を振り下ろす。

「砕けろ!」

赤黒い光が爆ぜ、偽物の身体を一瞬で粉砕した。
破片は光の粒となって消え、空間に静寂が戻る。

手の中には、もう偽物はいない。

「愛してるよ、お嬢様。
 ……すぐ行くからね」

その声は、誰に聞かせるでもなく、
ただひたすらに“本物”だけへ向けられたものだった。

お嬢様を傷つけず、
しかし邪悪な幻影には一切の容赦をしない――
それが、俺の愛し方だ。