第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

テオside

罠の気配を感じた瞬間、身体が勝手に動いた。
お嬢様を抱き寄せるようにかばい、背後へ押し出す。

振り返れば、揺れる瞳。
その不安を払うように、俺は軽く手を振った。

(大丈夫。)

そう伝えた瞬間――お嬢様の姿がゆらりと揺れ、視界から消えた。

空気がひやりと冷え、足元の影が歪む。

――魔術空間。

精神を試す、最も嫌いな類の罠だ。
俺の“心”なんて、試されるまでもないのに。

そして、目の前に現れたのは――お嬢様そっくりの偽物。

肌の色、髪の揺れ、声の響き。
完璧に似せているつもりなのだろうが、
俺には一瞬で分かる。

本物は、もっと綺麗だ。
もっと柔らかい。
もっと、俺を狂わせる。

「へぇ……こんなものを出してくるか」

息を吐き、剣を握り直す。
手のひらに伝わる冷たい金属の感触が、逆に頭を冷やしてくれる。


お嬢様には剣を向けられない。
だって――好きだから。
触れるだけで震えるほど、大事だから。

だけど、これは違う。


「ねぇ、テオ。私、テオが好きよ」

偽物が甘ったるい声を出す。
その瞬間、胸の奥がざらりと逆撫でされた。

虫唾が走る。
その言葉は、本物だけが言っていい。

「……はっ」

笑いが漏れた。
自分でも驚くほど冷たい声だった。

「バカにしてるのか?」

偽物が一瞬たじろぐ。

俺はゆっくりと剣を構え、言葉を紡ぐ。

「本物のお嬢様は――あんたよりずっと可愛くて、綺麗で、
笑った顔は胸が苦しくなるほど可憐なんだよ」

「そのどれを、偽物のお前が再現できる?
何一つ、叶うわけないだろう」

一歩、踏み込む。
心臓が高鳴る。
お嬢様のことを語るだけで、身体が熱くなる。