第5部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

セナがふと、上を見上げた。

「……随分、落とされましたね」

「ほんとにね」

テオも同じように天井を仰ぐ。

「それにしても……
ユウリたち、大丈夫かな」

胸の奥に、不安がひと筋走る。
完全に分断されてしまった。

「んー、大丈夫でしょ」

テオが軽く肩をすくめた。

「あっちは“大人チーム”だし。
そう簡単にやられないって」

その言葉に、少しだけ救われる。

だが次の瞬間――

「それよりも!」

テオが突然、声を張り上げた。

「お嬢様の……お嬢様の綺麗な髪!!
切られた!!」

「ほんとですね。
許せません」

セナも静かに頷く。

「……うーん」

私は指先で髪をつまみ、首を傾げた。

「長さ、バラバラだよね」

そして、ふと思い出したように言う。

「ねえ、セナ。鏡ある?」

「……小さいものなら」

差し出された携帯用の鏡を受け取る。

「さすが〜」

「少し、持っててもらえる?」

「はい」

私はドレスの裾をたくし上げた。

「お、お嬢様!?
ちょっ、セクシーだよ!?」

テオが慌てて顔を覆う。
……のに、指の隙間からしっかり見ている。

「見るな」

セナの即ツッコミが飛ぶ。

「お嬢様、何をなさっているんですか」

「まあまあ」

私は太ももに隠していたナイフを取り出した。

「それは……」

「騎士団のみんながくれたナイフだね」

ナイフを軽く回し、ためらいなく刃を入れる。

――しゃり。

――ばさっ。

菫色と桃色の髪が、床に落ちた。

鏡を見ながら、肩のあたりで揃えていく。

「……うん。こんなもんかな」

満足して息をつく。

「……」
「……」

テオが膝をつき、崩れ落ちた。

「お、お嬢様の……髪が……
尊いものが……!」

セナは一瞬言葉を探し、
小さく息を吐いた。

「……とても、お似合いです」

その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。