やだ
やだ
やだ
やだ………。
救急隊員の声ややりとりがスローモーションのように見える。
音も、まるで水中にいるかのように聞こえづらい。
ストレッチャーの横から出ている黒崎くんの手を震える手で握る。
暖かいけれど、その手には何も力が入っていなかった。
病院の廊下は驚くほど静かだった。
白い壁。
消毒液の匂い。
遠くで機械の電信音が一定のリズムで鳴っている。
私はただ、廊下の長椅子に座り祈った。
さっきまで救急車の中で握っていた彼の手の感触が、まだ指先に残っている。
膝の上で、その手をギュッと握りしめた。
「……大丈夫」
小さく呟く。
「きっと、大丈夫だよね?」
黒崎くんの運ばれた集中治療室の赤いランプを見上げるけど、それはずっとついたままだった。
さっきまで、一緒に歩いていたのに。
さっきまで一緒に笑っていたのに。
さっきまで、幸せだったのに……。
私が唇を強く噛んだその時、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
椅子から立ち上がって振り向くと、その足音は豊田さんと黒崎くんのお母さんのものだった。
「聖菜ちゃん!」
「……豊田さん」
震える声はふたりの足音にかき消された。



