小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

不謹慎なタイトルで申し訳ないが
不謹慎なタイトルなのを承知で申し上げると
本当に
私が小中学生ときの一時期は,
意地悪される子や人間不信なひとはみっともない存在みたいな考え、大人に根強かったので。
それに、平成初期に最愛の存在が天に旅立ってる
一緒に旅たてればまだ良かったし悲しまないのにと思うくらい


意地悪される子,人間不信な人が,
身勝手な私利私欲のためひとをころすひとよりもさらにみっともない、生きる資格がない存在みたいな,考えが
とくにおとなに、ねづよかった。母も人間不信なひとや意地悪される子はみっともないみたいに考えてました


だから2000年から9年は
意地悪されるひとや人間不信なひとは
私利私欲のためにひところすひとよりも
みっともない存在で生きる資格もないのだろうて
思い込み、
意地悪した人が世間に生きてたらまた恐喝無理強いなどされたり、
また人間不信なるだろう、て思い込みに
縛られて
その思い込みから抜け出せないきがしてた



97年度にあの地獄牢獄の恐喝無理強い詐欺が始まり
97.5.6からまるまる一年位

そこで最初に人間不信に



だから96年までに天に行けば
恐喝無理強いなどされないし人間不信ならなかったろう
私が天行けば遺族年金はいるから母にも心労は無量大数ぶんの1もないはずだ