小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

他ページでも申し上げたけど,
うちの小中学生ときの九年間
いつもではないが、
意地悪される子や馬鹿にされる子
人間不信みたいなひとが、1番みっともない
生きる資格すらないほど1番みっともない
みたいな考えは大人に根強かった


2000年の夏やすみや
家庭訪問直後でも
母が人間不信みたいのは、
1番みっともないみたいにせめました。
学年の180にんくらい(2000年度の同じ学年の人数)ちゅう
一人だけ人間不信みたいなのはみっともないて。

小中学生時の9年間
いつもではないが、
意地悪されるひとや、人間不信なひとが1番生きる資格絶対ないくらいにみっともないみたいな考えは大人の方に根強かったので
それで2000年度からしばらく
意地悪されるのと人間不信なるのは避けなくてはならないし
意地悪したひとや
誰かを(自分以外の誰かをいじめる人で自分には関係ない人でも)いじめる人からは遠ざからなくてはならないし
その意地悪したひとやいじめる人を隔離させないとまた
意地悪されたり人間不信みっともないて母がせめるのは、火を見なくても明らかと、ピリピリしてた。

少なくても,2000年当時なら
母も、意地悪される子や人間不信みたいなひとがみっともなく生きる資格もないみたく考えてました。意地悪されるこや人間不信なひとだとくらすになじめないみたいで。


あとなにより2000年当時の家庭訪問、
担任から家庭訪問で人間不信みたくみえるって、
あきらかにけなす、見下すようにいわれ、それから夏休み明けるまで母が鬱でほんとに、鬱でいらいらピリピリしてて。
夏休みあけたころやっと母が
ピリピリから解放され。
だから別ページに書いてるが1996年度までにわたしが死んで天行ってても母にはむしろその方ずっと良かった最善だった,翌年に恐喝無理強い詐欺はじまりそこで人間不信にはじめてなるうえ
一時の99年度と翌年にも一人にだけ蔑むひとがいた。
だから1996年までにわたしが死んで天行ってても母にその方がずっと最善の良かった道ではないかとおもう
あたしが小中学校の時の九年間、いつもではないが
意地悪される子や人間不信対人不信なひとは1番生きる資格ないほどに、みっともないみたいな考えはおとなのほうに
児童よりもおとなのほうにあった


だからわたし2000年度はもち、
翌年の
2001年度から2009年度までも、
意地悪される、人間不信なるのだけは是が非でも
なんとしても避けなければならないのだ
意地悪した人やいじめる人が隔離されない限りはまた
意地悪されるし、
人間不信なんてみっともないみたく母にまた責められると死ぬほど悲しんでた。
意地悪される、馬鹿にされるのと人間不信なるのだけは1番かならず1番避けなければならない
でなきゃまた、意地悪されたり
人間不信なんてみっともないて母が責めたりするからと
すごい,ピリピリしててやすまらなかった。

(人間不信の原因は、
97年度に恐喝詐欺無理強いのいじめ始まったのと
おもに、一時期の99年度(と翌年)
蔑む馬鹿にするひとがいたことでした。)