小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

だからいじめられる側、蔑まれ見下される側が全て非あるのだろか
いじめられる側が非あり
人間不信にさえならなかったらいじめる側,いじめや悪事する側が全て全て正しい存在であろうかと私を責めた

2000年と1997年の夏休みおわりあの世に旅立ちたかったいじめられる恐喝詐欺みたいなのされる、あと一人だけ蔑み見下す事言われるよりなら 


人にいじめる人にそのあの世に旅立ちたいて思いを知ってもらいたい,それに意地悪するなら構わないでもらいたい