小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

2000年度は意地悪する人よりも
意地悪される側、人間不信みたいなひとのほう
ずっとみっともない、生きる価値がないみたいな偏見が
保護者にとくにあり
学年でひとり
学年百八十人くらいのうち一人だけ
意地悪される、人間不信みたいなるのは意地悪する人よりみっともないみたいな考えは保護者にありました
母は、意地悪するひとより人間不信みたいなののほうみっともないみたいに考えています




中学生とその保護者にききたい、
意地悪する人でなく、されるひとや人間不信みたいな人の方みっともなく生きる資格ないと考える人います??

だから当時は
いじめる人とその親の方が
意地悪される側には絶対ならないから(いじめるひとなら
意地悪される側に絶対ならないと思うこれは,全財産かけていいきれる)
幸せで気楽でうらやましくおもってて
いじめる人とその親なら、意地悪される事ないから人間不信人間恐怖症や人間不信ならなくていいなと歪んだ思いに縛られてた




人間不信ならなかったら意地悪する人の方が100無量大数%正しい,て思い込みにずっと2009年までは縛られてた