小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

自分一人だけが
学年百八十人くらいのうち自分だけ
二人から(T子とTMくん)蔑むこといわれるなら、
しかも蔑む事言うひとは責められなく報い因果応報天罰ないのに
蔑まれる方がみっともないみたいにせめられ
、蔑まれる方が、
周囲に馴染めないから責任があるみたいに責められるかんじでした。少なくても当時の出身中は意地悪するひとは責められなかったから意地悪する人には天罰報いないんだろうなと。


あたし96年度までには
私天に行きたかったなあと今も思う

何よりタイトルの通り
いじめられる人の保護者には子供いない方が
つまりは子供いなくて気ままな一人暮らしで子供ない方が心労
は絶対無いはずだから、
いじめられる人の保護者には絶対子供いない方が心労ないから絶対子供いない方が無量大数の無量大数乗%幸せなのかなあと今でも思う,それなら96年度までに私、天に行き最愛の存在の旅だった天に96年度までに行けてたら絶対良かった

00年度は思った
いじめられるこの保護者には
子供いなく一人暮らしのほうが悠々自適で心労はないはずだと
いじめられるこの保護者には子供一人もいなく悠々自適で気ままな一人暮らしの方きっと無量大数の無量大数乗%幸せなのかな?て。



97年度と00年度の前に、96年度までに天に行きたかったなあとおもう