小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

わたしが、小中学生の時の9年間
いつもとはかぎらないけどいちじき
以下のような感じでした



恐喝詐欺無理強いするひと、ひとを蔑む馬鹿にするひと、より、
意地悪される人やバカにされる人や人間不信なひとがみっともない生きる資格もないくらい弱虫弱虫で意気地なしみたいな捉え方、が
大人や一部の先生に根強かったんです
特に2000年度,少なくても私の中学でだと。



だから
恐喝詐欺無理強いなどするひと、ひとを蔑む馬鹿にするひとのほう
人間不信ならない(なにしろ恐喝無理強い等するひと、ひとを蔑む馬鹿にするひとなら、いじめられる側に絶対ならない)
だけでもまだ偉いほうなのかなとわたしは2000年からしばらくこの思い込みに縛られてた
今もその思い込みがおそってきて
わたし97年度に恐喝詐欺無理強いされ人間不信なったうえに、
中学の後半にもひとを蔑む馬鹿にするひといました

だから恐喝詐欺無理強いなどされるわたしや、人間不信みたいなった私の場合、友達持つ資格すらないだろかと思い込みに襲われてしまう


(主に94年と01年、
06年以降なら良い仲間に巡り会え
対人関係の変化ありました)