小中学生ときは、意地悪される子や人間不信な人は、みっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

人間不信ならないには、意地悪されないには、
意地悪するひとが世間から,この世間から隔離されるしかないと思ってた
意地悪されるひとが自身を守る措置は
なかったから


(少なくとも2000年度は、意地悪する人より、
意地悪されるひとや人間不信なひとがみっともない
生きる資格がないみたいな考えはとくに、母の世代に根強くあり
ました。
母は人間不信なひとや意地悪されるひとはみっともないみたく考えていました。母が学生ときには多分そのような考えはあったのかもしれない



だから,意地悪されないには、意地悪する人が世間,世界から必ず隔離されないとまた、意地悪され人間不信対人不信なってしまってまた大変なる、
意地悪する人は責められない、因果応報とか天罰とか報い
もこないのに、
意地悪される人だけ人間不信なってしまう、と
追い詰められてた)




意地悪する人や人のこと蔑む人が世間,世界から隔離されるしかないとおもいこみ
でなければまた意地悪するひとに意地悪され
また人間不信なのみっともないて責められるとおもった