白ねこのココと、あまい森のひみつ

 秋の夕暮れ、王城の庭で王女と二人きりになった。
「ココ、一つだけ聞いていいかしら」
「何でしょうか」
 王女が、石造りのベンチに腰を下ろす。
 この庭には季節の花が丁寧に植えられていて、今は橙色の花が盛りを迎えていた。夕日を受けた花びらが、小さな灯りのように輝いている。
「あなた、幸せ?」
 予期しない問いに、私は少し固まった。
「幸せ……ですか」
「旅をして、お菓子を広めて、たくさんの人を救って。それは全部、素晴らしいことよ。でも——あなた自身は? ココという一人の人間は、幸せなの?」
 王女の目が、真剣だった。
 いつもは凛とした表情の彼女が、今は少し心配そうで、少し柔らかくて——なんだか、お姉さんのような顔をしていた。
「はい」
 答えは、すぐに出た。
「幸せです。前世で、ずっと追いかけていたものが——誰かの心に届く何かを作ること——それが今、  毎日できている。お菓子を食べた人が笑顔になる瞬間を、毎日のように見られる。一緒に旅をしてくれる人がいる。帰ってくる場所がある」
王女が、ほっと息を吐いた。
「よかった」
「心配してくれてたんですか」
「してたわ。あなたって、人のためになることばかり考えて、自分のことを後回しにしがちじゃない」
「……そうですか?」
「ええ。いつも忙しそうで、疲れてても人の前では笑顔で、弱音をなかなか言わなくて」
「言ってますよ。レイさんには」
「それは知ってる」王女がくすりと笑う。「あなたたち、本当に仲良いわよね。見ていてわかる」
「……そうですか」
「すごくわかる」
 私の耳がじわじわと赤くなり始め、横に倒れた。感情が出る時、耳は正直だ。
「可愛いわね、その耳」
「勘弁してください」
「私は前から言ってたじゃない。あなたの耳は表情豊かで素敵って」
「そう言ってもらえると、まあ……悪くはないですけど」
 王女が立ち上がり、庭の花に近づいた。橙色の花を一輪、そっと手に取る。
「ココ、私、一つ夢があるの」
「何ですか」
「この国が、本当に平和になったら——王城を開放して、大きなお菓子の祭りを毎年開きたい。大陸中の人が集まれる、お菓子の祭典。あなたを毎年、ゲストとして招待したい」
「それ、素敵ですね」
「実現したら、来てくれる?」
「もちろんです。それは約束します」
 王女が微笑んだ。
「じゃあ、約束。私がその祭りを作ったら、あなたが一番のお菓子を持ってきてくれること」
「一番のお菓子、ですか」
「世界中を旅して、その時の自分が作れる、最高のお菓子。それを持ってきて」
「……それは難しい約束ですね。自分の最高を、毎年更新しないといけない」
「あなたなら、できるわ」
 王女が花を私に渡す。
 橙色の小さな花。夕日の色に似た、温かい色。
「お土産よ。旅に出る前に、花を挿すといいらしいの。道に迷わないようにって」
「ありがとうございます」
「行ってらっしゃい、ココ。また帰ってきてね」
「必ず帰ります」
 王城の庭を出ながら、私は花を手の中で大切に持った。
 転生して、異世界のケットシーになって、お菓子を作り始めて。
 まさかここまで来るとは、森で目覚めた最初の朝には思いもしなかった。
 あの時の私に会えたら、こう伝えてあげたい。
 大丈夫、大丈夫よ。
 怖くても、一人でも、何もなくても——あなたの作るお菓子は、必ず誰かの心に届くから。
 それだけを信じて、前に進めばいい。
 花を髪飾りに挿して、私は歩き出した。
 明日また、旅に出る。
 どこへ行っても、いつか帰ってくる場所がある。
 それが、私の幸せだった。