白ねこのココと、あまい森のひみつ

 ベルグランドを後にし、私たちは次の国、アルトリアへ向かった。
 アルトリアは、学問と芸術の国として知られている。
「ここなら、お菓子も受け入れられるはずよ」
レイが言う。
しかし、到着早々、意外な事実を知ることになる。
「お菓子の歴史書?」
 図書館の司書が不思議そうに首を傾げる。
「そんなもの、ありませんよ」
「でも、この国は学問の中心地でしょう?」
「確かに。でも、お菓子に関する記録は、ほとんど残っていません。百年前に大火災があって、多くの書物が焼失したんです」
残念だが、仕方ない。
図書館を出ると、レイが提案した。
「なら、現地のお菓子職人を探してみたらどうだ?」
「いいアイデアね」
街を歩き回り、お菓子職人を探す。
しかし、驚いたことに、この国にはお菓子職人がほとんどいなかった。
「パン職人ならいるんですが、お菓子専門の職人は……」
「百年前の大火災で、ギルドが崩壊したそうです」
どこでも同じ答えが返ってくる。
「お菓子文化が、完全に失われている……」
ショックだった。
しかし、諦めるわけにはいかない。
「それなら、私が一から広めるまでよ」
街の中心部に、小さな店を借りた。
「もふもふカフェ・アルトリア支店、開店です」
 初日は、ほとんど客が来なかった。
「お菓子って何?」
「食べられるの?」
人々の反応は冷ややかだった。
「どうしましょう……」
 落ち込んでいると、レイが励ましてくれた。
「焦るな。時間をかければ、わかってくれるさ」
 彼の言葉通り、無料試食を配ることにした。
「どうぞ、食べてみてください」
 最初は警戒していた人々も、一口食べると表情が変わった。
「美味しい!」
「こんなの初めて!」
 口コミで評判が広まり、徐々に客が増えていった。


 一ヶ月後、店は繁盛していた。
 しかし、ある日、不思議な老人が訪ねてきた。
「あなたが、ケットシーのココさんですね」
「はい、そうですが」
「ワシはエドワード。元、お菓子職人です」
「お菓子職人!?」
 思わぬ出会いだった。
「百年前の大火災の時、私はまだ子どもでした。師匠を失い、レシピも焼失しました。
でも、いくつかのレシピは、記憶に残っています」
「教えていただけますか!?」
 エドワードは優しく微笑んだ。
「もちろん。あなたになら、伝えられる」

 彼から、古いレシピを学んだ。
 アルトリア特有のお菓子、地元の材料を使った独特の味。
「これが、この国の伝統菓子『月のタルト』です」
 エドワードが教えてくれたレシピで作ると、不思議な味がした。
甘いけれど、どこか懐かしい。
「美味しい……」
 レイも感動している。
「この味、記憶にある」
「え?」
「子どもの頃、母が作ってくれたような……いや、違うな。でも、どこかで食べたことがある」
 それは、きっと集合的記憶のようなものだ。失われたレシピが、人々の心の奥底に残っている。
 月のタルトを店で販売すると、予想以上の反響があった。
「懐かしい!」
「子どもの頃を思い出す!」
 多くの人が涙を流しながら食べていた。
「エドワードさん、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ感謝します。失われたと思っていた文化が、あなたによって蘇った」
 エドワードの協力で、他の失われたレシピも復活させた。
「星のクッキー」「虹のマカロン」「光のケーキ」。
 どれも、アルトリアの伝統菓子だった。
「これで、お菓子文化が戻ってきましたね」
「ええ。あなたのおかげです、ココ」
 しかし、エドワードは老齢で、体が弱っていた。

 ある日、彼は病床に伏せた。
「エドワードさん!」
 駆けつけると、彼は穏やかな顔で横たわっていた。
「ココ……来てくれたのですね」
「もちろんです」
「最後に、一つお願いがあります」
「何でも言ってください」
「ワシが死んだら、この国のお菓子文化を守ってください」
「必ず守ります」
 エドワードは微笑んだ。
「ありがとう……これで、安心して眠れます」

 その夜、エドワードは静かに息を引き取った。
 葬儀には、多くの人が集まった。
「エドワードさんのおかげで、私たちはお菓子を取り戻せた」
「彼は英雄だ」
 人々の言葉に、胸が熱くなる。
「エドワードさん、約束は守ります」
 私は、アルトリアにお菓子学校を設立することを決意した。