第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……何も、ないな」

「本当ですね」

「なんだ。拍子抜けだな」

「そうですか? 私は――楽しかったですよ」

そう言うと、ディランは一瞬きょとんと目を瞬かせ、それからふっと表情をゆるめた。
その微笑みは、胸の奥をそっと撫でられたようにあたたかい。

その顔を見た瞬間、私は気づく。

――この仕掛けを作ったのは、きっと…。

ディランには兄がいる。
王位継承権を持たず、けれど幼い弟を「可哀想だ」と言った人。

その言葉を向けられたとき、ディランは
「嫌われているのだと思った」
と、静かに語っていた。

けれど今、空になった箱を見つめる彼の眼差しは、悲しみではない。
失われた日々をそっと抱きしめるような、優しいエメラルドの輝きだった。

書斎に流れる静寂は、どこかあたたかい。
私はあえて何も聞かなかった。
ただ、隣にいる彼の気持ちが、少しでも軽くなればいいと思った。