第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「とりあえず、身体動かす!」

勢いよく宣言してから、私は庭の端を見渡した。
芝をさわりと風が揺らす。

――よし、見つけた。

茶色の髪をくしゃりと乱し、どこかへこたれた雰囲気をまとった青年。
私の兄、マルクだ。

かつては遊び歩くことしか考えていなかった兄が、最近は少しずつ変わり始めている。
自分の足で前を向くと決めたらしい。
その背中が、以前よりずっと大きく見えた。

「お兄様」

声をかけると、兄は気だるげに振り返る。

「なんだ、妹」

「私がお相手しましょう」

「……いやだ」

「“いや”とかありません。やりますよ」

「……はああ……。分かったよ」

観念したように、兄は重い腰を上げた。
木剣を手に取る仕草はぎこちないが、どこか覚悟がにじむ。

向かい合い、軽く剣を交える。
木と木がぶつかる乾いた音が、庭に小気味よく響いた。

「お兄様、腰が引けてますよ」

「わ、分かってる!」

「もっと下半身に力を入れて」

「入れてるって!」

「脇、甘いです」

「うげっ」

兄はヒィヒィ言いながらも、必死に食らいついてくる。
額に汗が滲み、呼吸が荒くなっても、目だけは逃げていない。

「なあ、なんか機嫌悪くないか!? 八つ当たりしてないか!」

「してませんよ」

決して――
王妃教育が憂鬱で、八つ当たりしているわけではない。

……たぶん。

そんな時だった。

「マルク様、ファイトです!」

澄んだ声が庭に響く。
ナナだ。
淡い桃色のドレスを揺らしながら、両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。
兄を大切に思ってくれている令嬢で、湖に落ちた彼女を助けたのが縁で、いつの間にか私とも親しくなった。

続いて――

「ティアナ様、素敵です!!」

ユリアの声が飛ぶ。
彼女は目を輝かせながら私たちを見守っていた。

この2人は、10年前にいざこざがあった。
けれど、私が間に入り今では3人でお茶会を開くほどの仲になった。