第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「食休みがてら、少し身体を動かさないかい?」

ディランが紅茶のカップを置きながら言う。
ちょうど同じことを考えていた私は、自然と笑みがこぼれた。

「いいですよ」

差し出された手を迷わず取ると、指先がそっと絡む。
そのままガーデンを並んで歩き出す。

風が葉を揺らし、木漏れ日が足元に揺れる。
ふと、色鮮やかな小鳥が枝から枝へと飛び移った。

その軌跡を目で追って――私は気づく。

「ねえ、ディラン。あれは……何です?」

木の幹に、小さな木箱が括りつけられていた。
巣箱にしては低すぎる。
けれど、誰かの忘れ物にしては妙に丁寧で、意図的に置かれたように見える。

「あれは……」

ディランは近づきながら首を傾げた。

「なんだろ」

次の瞬間、彼は迷いなく木に手をかけ、軽やかに登っていく。
枝に足をかける動きがあまりに自然で、思わず見惚れてしまう。

木箱を覗き込んだディランが、中から小さな箱をひとつ取り出した。

「これは……?」

「んー……思い出せないな」

冗談めかした声なのに、横顔は本気で“知らない”と言っていた。
眉がわずかに寄っていて、珍しく困惑しているようにも見える。

ディランは箱を開ける。

中に入っていたのは、一枚の紙。

『導かれしものへ
次は、鮮やかな花の咲く場所へ』

子供の字のように丸いのに、線は驚くほど整っている。
まるで、誰かが丁寧に練習した跡のような文字。

ディランはしばらく紙を見つめたまま、微動だにしなかった。

その表情は――
本当に、まったく記憶に覚えがないという顔だった。

風がそっと紙を揺らし、静かなガーデンに不思議な空気が流れる。