第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

それも、そうだ。
確かに――国民を不安にさせるのは、本意ではない。

私の気持ちを察したのだろう。
ディランは、声の調子をほんの少しだけ柔らかくした。

「君に、これを」

差し出された封筒を受け取る。
そこには、王国の紋章がくっきりと刻まれていた。

……嫌な予感しかしない。

胸の奥がざわつくのを感じながら、そっと封を切る。
紙を広げた瞬間、目に飛び込んできた文字に息が止まった。

《婚約者候補
 次期王妃教育のご案内》

はっきり、堂々と記されている。

「な、なんてものを……!」

「形式上だよ。君に参加してもらいたいだけだ」

軽く言うな、と言いたくなる。
じろりと睨みつけると、ディランは悪びれもせず微笑んだ。

「……これ、期間は?」

「1ヶ月」

「な、長っ……!」

「大丈夫さ。君なら大したことない」

軽い。あまりにも軽い。
この人、本当に王子なのだろうか。

「まあ、王妃教育といっても、まだ先の話だから」

「……拒否権は?」

「あると思うかい?」

「……」

ない。
絶対に、ない。

王国からの正式な書簡。
伯爵家の立場を考えれば、断るという選択肢は存在しない。

もし拒めば――
その影響は、私だけでなく家族全体に及ぶ。

(……逃げ道は、ない)

そう思った瞬間――

コツ、コツ、と規則正しい足音が廊下に響いた。

「殿下、またこちらにいらしていたのですか」

「なんだ、レイか」

「“なんだ”ではありませんよ。
 オーウェンが、また頭を抱えていました」

落ち着いた声とともに姿を現したのは、レイさん。
紫がかった黒髪を整え、眼鏡の奥の紫の瞳が静かに光る。
殿下の側近であり、仕事のできる人――というより、できすぎる人だ。

「ご機嫌よう、ティアナ様」

「こんにちは、レイさん。
 この王子、連れて帰ってください」

にっこり微笑むと、レイさんは即座に頷いた。

「かしこまりました。では、失礼いたします」

「ちょっ、ティアナ。つれないな。
 まあいい。また、ゆっくり来るよ」

ディランは軽く手を振り、レイさんに連れられて部屋を後にした。
レイさんは最後に綺麗なお辞儀をしてから、静かに扉を閉める。

……オーウェン団長たちも、大変だろうな。

ディランが去り、部屋に静けさが戻る。
私は机の上に残された手紙へと視線を落とした。

――憂鬱だ。