第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

帰りの列車の中。

のんびりと流れる景色を眺めていると、
肩に、こつん、と小さな重さが乗った。

「……テオ?」

「ん……なんか、眠いや」

「寝てもいいよ」

「でも……もったいない」

その言葉に、思わず小さく笑う。

「私は、逃げないよ?」

慣れないお弁当作りに、ケーキの用意。
きっと今日は、いつもよりずっと早起きしたのだろう。

――色々、考えてくれたんだな。

「……じゃあ、少しだけ」

そう呟いて、テオは私の肩に身を預ける。

ほどなくして、
規則正しい寝息が聞こえてきた。

温かくて、
少しだけ重くて。

でも、不思議と嫌じゃない。

動けば起こしてしまいそうで、
私はそっと呼吸を整える。

――近いな。

それなのに、
この距離が、今はとても自然だった。

肩に伝わる体温と、
静かな列車の揺れ。

くすぐったくて、
胸の奥がじんわりと温かくなる。

……このまま、もう少しだけ。

列車が次の駅に着くまで、
私は動かずに景色を見続けていた。

やがて、テオがもぞりと身を捩る。

「……起きた?」

「ん。おはよ」

「おはよ」

少し気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、
テオは窓の外を見る。

「もう着く?」

「うん。もう少し」

「はあ……
 もう、今日が終わっちゃうなぁ」

ぽつりと落とされた声。

「寂しい?」

「そりゃあね」

そう言って、照れたように笑う。

「すごく穏やかで、
 すごく幸せな時間だったから」

「……そうだね」

「ねぇ、お嬢さま」

「なに?」

「世界中がさ」

「うん?」

一瞬だけ、言葉を探す間。

テオは、まっすぐこちらを見る。

冗談の顔じゃない。
迷いのない、紅い瞳。

「敵になったとしてもさ。
 俺は絶対、お嬢様の味方だよ。
 何があっても」

「……私を、どんな極悪人にする気なのよ」

思わず笑うと、
テオも少しだけ口元を緩める。

「そうだね。
 でも、いっそその方が——」

少しだけ、声を落として。

「お嬢さまを独占できそうだし」

「失礼ね」

そう言いながらも、
胸の奥が、ちくりと鳴った。

冗談みたいに言っているくせに、
その言葉だけは、ずるい。

列車は、ゆっくりと減速していく。

今日が終わる音が、
近づいていた。