第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


日が、ゆっくりと傾いてきた。

「……もう、帰る時間だね」

テオの声は、ほんの少しだけ名残惜しさを含んでいた。

「うん」

そう答えた瞬間、
ごく自然に手が伸びてくる。

拒む理由なんて、どこにもなかった。

引かれるまま歩き出す。

夕暮れに揺れる遺跡を跡にする。
その中を進む、テオの背中。

……いつの間に、
こんなに大きくなったんだろう。

出会った頃は、
細くて、頼りなくて、
それでも必死に前を向いていた。

今は、
鍛え抜かれた身体と、迷いのない歩き方。

夕陽に照らされた肩幅の広さが、
胸の奥を少しくすぐった。

「……なに?」

振り返ったテオが、首を傾げる。

「え?」

「さっきから、すごい見てたでしょ」

嬉しそうに、少しだけ得意げに笑う。

「いや、その……
 大きくなったなって思って」

「なにそれ。
 俺、子供じゃないんだけど?」

拗ねたように言うけれど、
その表情はどこか誇らしげだ。

「……違うよ」

「うん、違う」

テオは一歩、私の隣に並ぶ。

「ちゃんと、
 お嬢さまと並べるくらいにはなったでしょ」

その距離が、
さっきよりずっと近い。

私は答えず、
そっと歩幅を合わせる。
テオが、少しだけ歩く速度を落とす。

「……ねぇ、お嬢さま」

「なに?」

「帰り道、もうちょっとだけゆっくり歩こ」

その声は、
さっきまでの明るさよりも柔らかくて、
どこか名残惜しさを隠しきれていなかった。

「うん、いいよ」

そう答えると、
テオはほっとしたように笑う。

夕陽に照らされた横顔が、
どこか大人びて見えた。

「今日さ……すごく楽しかった」

「私も」

「ほんと?」

「ほんと」

テオは嬉しそうに目を細め、
そっと私の手を握り直した。

さっきよりも、
少しだけ強く。

「じゃあ……また一緒に来よ。
 次は、もっと色んなとこ」

「うん」

「帰りたくないなぁ」

テオが空を仰ぐ。

「このままお嬢さまと逃避行したい」

「なにそれ」

思わず笑みが溢れる。

遺跡の光、
花畑の香り、
テオの手の温度。

全部が胸の奥に残っていて、
歩くたびにその余韻が揺れた。