そして――翌日。
事件は起きた。
王妃教育の場。
ガーデンの、ちょうど中央で。
……嫌な気配。
風が止んだ。
鳥の声も、遠ざかった。
世界が一瞬、呼吸を忘れたように静まり返る。
背筋を、氷の指先でなぞられたような感覚が走る。
どっち――?
視線を走らせた瞬間、
“それ”が見えた。
黒い靄。
垣根の奥で、ゆらりと揺れている。
まるで、こちらを覗き込むように。
次の瞬間、枝葉が不自然な音を立てて割れた。
姿を現したのは――
狼。
……いや、違う。
ただの獣なら、まだよかった。
だが、これは“生き物”の形をしているだけの、何か別のもの。
額に埋め込まれた紅黒い宝石が、脈打つように光る。
その光に合わせて、周囲の空気が歪む。
喉の奥が、ひくりと震えた。
脳裏に、嫌な記憶がよみがえる。
ガイルの研究室で見た、あの“失敗作”たち。
――魔女の雫で作られた、擬似生命体。
けれど。
これは、それよりも明らかに――異質だ。
動きが滑らかすぎる。
魔力の濃度が濃すぎる。
存在そのものが、まるで“呪い”の塊のように重い。
これは……。
「……魔宝獣?」
その名を口にした瞬間、
狼の瞳が、こちらにぬるりと向いた。
生き物の目ではない。
感情のない、深い闇の穴。
背筋が、ぞくりと震えた。



