第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「……いるんだろ」

沈黙の中で、そう呟いた。

ほんのわずかな気配。
レイから報告を受けていなければ、気づけなかっただろう。

「なんだ……バレてるのか」

低い声が返る。

次の瞬間、ベランダからゆるりと人影が入り込んできた。

夜の闇に溶ける黒髪。
そして、鋭く光る紅い瞳。

――彼女の騎士。

「……失礼します、殿下」

静かな声音。
だが、警戒を一切解いていない立ち姿。

「レイから報告を受けていたからな」

「やっぱり、レイには勘付かれてたか」

そう言って、テオはゆるりと笑った。

「ティアナを……よく見ててくれ」

その言葉に、テオは目を丸くする。

「ふーん。そんなこと言われるとは思わなかったな」

からかうような視線。
だが、その奥には探るような鋭さがあった。

「俺より、あんたの方が近くにいられる立場だろ?」

「……」

言葉に詰まった俺を見て、テオは眉をひそめる。

「何、その顔」

しばしの沈黙。
そして、低く問いかける。

「……お嬢様に、顔を合わせづらい?」

「……」

「ねぇ、まさかだけどさ」

一歩、距離を詰めてくる。

「無理矢理、キスでもした?」

「……」

俺の反応を見て、テオは鋭い目つきのまま深くため息をついた。

「最低」

一言。

「最悪」

二言目。

「ろくでなし」

短い言葉が、容赦なく胸に突き刺さる。

グサグサと、確実に。

「……わかってる」

ようやく絞り出した声は、情けないほど弱かった。

テオは肩をすくめる。

「わかってるなら、なお悪いんだけど」

冷たい言葉。
だが、正しい。

「お嬢様は、……あんたの衝動に巻き込んでいい人じゃない」

胸の奥が、痛む。
わかってる…そんなことは。