第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

一歩、踏み込むことにした。

「……アラン殿下」

「なんだい?」

「ディランのことを、昔『可哀想だ』とおっしゃったことは、覚えていらっしゃいますか?」

アラン殿下はすぐには答えなかった。
わずかに視線を外し、何かを思い返すように目を細める。

「……言ったな」

静かな肯定。

「その言葉は……どういう意味だったのでしょうか?」

短い沈黙。
やがて、重く息を吐いた。

「ディランはな、昔から体を動かすのが好きだった」

ゆっくりと、噛みしめるように語り出す。

「感性も豊かで、自由に過ごす方がずっと向いていた」

淡い茶色の瞳が、遠くを見る。

「だが……エメラルドの瞳。アレキサンドライトの魔宝石。“選ばれた”王位継承者として」

声が少し低くなる。

「幼い頃から、あいつには向いていないと思った」

「椅子に座り続ける厳しい授業。細かすぎる食事作法。感情を抑え、型にはめられる日々」

唇をきゅっと結ぶ。

「――そして」

短い間のあと、絞り出すように。

「あいつは、笑わなくなっていった」

胸がぎゅっと締めつけられる。

「人形のようにな……」

その声には、嘲りも怒りもない。
ただ、兄として守れなかった者への痛みだけが滲んでいた。