第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「ほんとに?」

覗き込むように近づいてくるディランの顔に、思わず息をのむ。
もう逃げられない、と観念するしかなかった。

「……噂になっていたので」

「何が?」

「ローゼ嬢が、ディランの部屋から出てきたって」

「あー……」

気の抜けた返事。
その声音が妙に自然で、逆に胸がざわつく。

「夜に押しかけてくるんだ。別に、大した用でもないのに」

さらっと言うその軽さが、少しだけ胸に引っかかった。

「公爵家の令嬢だからね。あまり無下にもできなくてさ」

「……ふーん」

自分でも驚くほど、声が低く出た。

ディランが、面白がるように目を細める。

「なに。妬いてくれてるのかな」

そのまま、私のウィッグへ手を伸ばした。
軽く触れられるだけで、心臓が跳ねる。

「ちょ――」

「それにしても」

指先で髪を弄びながら、楽しそうに続ける。

「なんて可愛い侍女なんだろう。俺専属にしたいな」

「……さっきは、殺気を出しまくっていたじゃありませんか」

じとっと睨むと、ディランは悪びれもせず笑った。

「本気でやられると思いました。ほんとに」

「はは。だって、怪しかったから」

反論できないのが悔しい。
でも、ウィッグに触れたままの手を――どうしても振り払えなかった。

むしろ、その温度に、少しだけ甘えてしまいそうで。