第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

コン、コン。

不意に、扉を叩く音が響いた。

空気が、一瞬で張りつめる。

「……こっちだ」

低く囁かれ、私は手を引かれた。
有無を言わせない力で、そのままクローゼットの中へ押し込まれる。

扉が、静かに閉まった。

(え、ちょ、なに――!?)

問いを口にする暇もなく、
ディランが私をぐっと引き寄せた。

……近い。
近すぎる。

肩が触れ、呼吸の温度まで分かる距離。
心臓の音が聞こえたら終わりだ。

「殿下……入りますよ」

レイさんの声が部屋に響く。

「……いませんね」

「どちらに行かれたのでしょう」

クローゼットの中で、私は必死に息を殺した。
ディランは微動だにしない。
まるで、最初からこうなると分かっていたかのように。

「……忘れ物は……あ、ハンカチですね」

足音が近づく。
扉の外、すぐそこ。

「はい」

レイさんが部屋に入り、ソファに落ちていたハンカチを拾い上げる。

――ローゼの、だ。

「見事な刺繍ですね」

「ありがとうございます」

ローゼの声が、少しだけ弾む。

「今度、殿下にもプレゼントしたくて。
どういう刺繍がお好みなのかも、聞きたかったのですが……」

(……聞くな、今)

クローゼットの中で、私は全力で念じた。

「さあ……どうでしょうね」

レイさんの声は淡々としている。