第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「さて……君は、誰だ」

その一言で、思考が真っ白になった。

逃げる。

それ以外の選択肢が浮かばなかった。

踵を返し、扉のノブに手をかけた――その瞬間。

「っ……!」

手首を掴まれ、強く引き戻される。
背中が扉に叩きつけられ、息が詰まった。

逃げ道は、完全に塞がれた。

ディランが、至近距離で私を見下ろしている。
その瞳は、じっとりと値踏みするように細められていた。

――久しぶりに見る。

この、冷たい目。
感情を切り離し、相手を測るときの、あの目。

(ああ……)

観念するように、私はゆっくりと顔を上げた。

その瞬間。

ディランの動きが止まった。
まるで時間が凍りついたみたいに。

「……て」

喉がかすれる音。

「ティ……アナ?」

ぽつりと落ちた、その名前。

私は視線を逸らしたまま、静かに口を開く。

「……はい」

短く。
それだけで十分だった。

空気が、静かにひび割れた。