「さて……君は、誰だ」
その一言で、思考が真っ白になった。
逃げる。
それ以外の選択肢が浮かばなかった。
踵を返し、扉のノブに手をかけた――その瞬間。
「っ……!」
手首を掴まれ、強く引き戻される。
背中が扉に叩きつけられ、息が詰まった。
逃げ道は、完全に塞がれた。
ディランが、至近距離で私を見下ろしている。
その瞳は、じっとりと値踏みするように細められていた。
――久しぶりに見る。
この、冷たい目。
感情を切り離し、相手を測るときの、あの目。
(ああ……)
観念するように、私はゆっくりと顔を上げた。
その瞬間。
ディランの動きが止まった。
まるで時間が凍りついたみたいに。
「……て」
喉がかすれる音。
「ティ……アナ?」
ぽつりと落ちた、その名前。
私は視線を逸らしたまま、静かに口を開く。
「……はい」
短く。
それだけで十分だった。
空気が、静かにひび割れた。



