第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「分かりました。
それでは、失礼いたします」

そう言って一歩下がろうとした、そのとき。

「――誰か悪いが、殿下に紅茶を持って行ってくれるか?」

廊下に響く声。

「はいはい!」

「私行きます!!」

一斉に手が上がる。

(……人気あるんだな、ディラン)

私は関係ありません、という顔で、
そのまましれっと場を離れ――

「あなたたちは、まだ仕事が残っているでしょう」

ぴしっとした一声で、空気が締まる。

上げられていた手が、しゅんと下がった。

そして。

「――そこの侍女。
悪いけど、殿下に紅茶を持って行って」

「……え」

まさかの指名。

「わ、私ですか?」

「ええ。急いで」

逃げ道、完全封鎖。

「……は、はい」

返事をしながら、私は内心で深くため息をついた。

(よりによって、ディラン…)

……毒殺未遂された経験があるのに、
知らない侍女に紅茶を運ばせていいのか。

殿下の周り、どうなってるんだ。

――いや。
それ以上に、本人が相当用心深い、か。

(っていうか……私、バレないよね?)

一瞬、ウィッグの位置を気にする。
よし、ずれてない。

まあ、平気か。
多分。

それよりも。

紅茶を用意しろ、って言われても。
ディランの好みってなんだろう。

うーん……。

歩きながら、棚を眺めて考える。

「あ」

手が止まった。

レモンバームティー。

これ、いいかも。

ディランがくれた香水も、柑橘系の香りだった。

気分を落ち着かせる作用があるハーブティーで、
蜂蜜を入れると、角が取れて飲みやすくなる。

――そういえば。

私が仕事を詰め込みすぎていたとき、
ユウリが淹れてくれたっけ。

「頑張りすぎですよ」なんて言いながら。

……ユウリにも、会いたいな。

そんなことを思い出しつつ、
私は静かにお湯を注ぐ。

(よし。
これなら、怪しまれない……はず)