「分かりました。
それでは、失礼いたします」
そう言って一歩下がろうとした、そのとき。
「――誰か悪いが、殿下に紅茶を持って行ってくれるか?」
廊下に響く声。
「はいはい!」
「私行きます!!」
一斉に手が上がる。
(……人気あるんだな、ディラン)
私は関係ありません、という顔で、
そのまましれっと場を離れ――
「あなたたちは、まだ仕事が残っているでしょう」
ぴしっとした一声で、空気が締まる。
上げられていた手が、しゅんと下がった。
そして。
「――そこの侍女。
悪いけど、殿下に紅茶を持って行って」
「……え」
まさかの指名。
「わ、私ですか?」
「ええ。急いで」
逃げ道、完全封鎖。
「……は、はい」
返事をしながら、私は内心で深くため息をついた。
(よりによって、ディラン…)
……毒殺未遂された経験があるのに、
知らない侍女に紅茶を運ばせていいのか。
殿下の周り、どうなってるんだ。
――いや。
それ以上に、本人が相当用心深い、か。
(っていうか……私、バレないよね?)
一瞬、ウィッグの位置を気にする。
よし、ずれてない。
まあ、平気か。
多分。
それよりも。
紅茶を用意しろ、って言われても。
ディランの好みってなんだろう。
うーん……。
歩きながら、棚を眺めて考える。
「あ」
手が止まった。
レモンバームティー。
これ、いいかも。
ディランがくれた香水も、柑橘系の香りだった。
気分を落ち着かせる作用があるハーブティーで、
蜂蜜を入れると、角が取れて飲みやすくなる。
――そういえば。
私が仕事を詰め込みすぎていたとき、
ユウリが淹れてくれたっけ。
「頑張りすぎですよ」なんて言いながら。
……ユウリにも、会いたいな。
そんなことを思い出しつつ、
私は静かにお湯を注ぐ。
(よし。
これなら、怪しまれない……はず)



