第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

私は何事もなかった顔で、紅茶の茶葉を受け取った。

「ありがとうございます」

声も、表情も、完璧な侍女。

……内心では、さっきの共鳴の余韻がまだ気持ち悪く残っているけれど。


「ねぇ、聞いた?」

背後から、ひそひそ声。

「ローゼ嬢が、ディラン殿下の部屋から出てくるのを見た人がいるんですって」

「うそ!」

思わず、手が止まりそうになるのを堪える。

「だって、ディラン殿下の本命はティアナ様でしょ?」

「えー、あれは形式上のものでしょ?
どうせ政治よ、政治」

侍女たちは楽しそうに顔を寄せ合い、噂を膨らませていく。

……本当に、噂話が好きだな。

それにしたって。

(その名前、ここで出る?)

胸の奥が、わずかにざわつく。



すると、別の侍女がふと思い出したように、私を見た。

「そういえばさぁ。
あなた、婚約者候補の侍女よね?」

「は、はい!」

条件反射で背筋が伸びる。

「だったら、あそこの北側の部屋には近づいちゃだめよ」

「……どうしてですか?」

なるべく、興味のないふりで。

「前にね、知らずに入っちゃった侍女がいてさ。
次の日には、いなくなったのよ」

手元の茶葉が、かさりと音を立てる。

「なんでも、亡霊が出るとか……」

「それか、ジョルジュ陛下に目をつけられたんじゃない?」

ひそっと笑う声。

……笑えない。

私は曖昧に頷きながら、胸の奥で確信を深めた。

――さっきの部屋だ。

あの、黒いモヤが共鳴した場所。

(やっぱり、当たりじゃない)

背筋を冷たいものが伝う。

亡霊でも、陛下でも、
どちらにしても――
近づいてはいけない理由がある部屋。

私は、何も知らない侍女の顔を保ったまま、
静かに紅茶の茶葉を抱え直した。