私は何事もなかった顔で、紅茶の茶葉を受け取った。
「ありがとうございます」
声も、表情も、完璧な侍女。
……内心では、さっきの共鳴の余韻がまだ気持ち悪く残っているけれど。
「ねぇ、聞いた?」
背後から、ひそひそ声。
「ローゼ嬢が、ディラン殿下の部屋から出てくるのを見た人がいるんですって」
「うそ!」
思わず、手が止まりそうになるのを堪える。
「だって、ディラン殿下の本命はティアナ様でしょ?」
「えー、あれは形式上のものでしょ?
どうせ政治よ、政治」
侍女たちは楽しそうに顔を寄せ合い、噂を膨らませていく。
……本当に、噂話が好きだな。
それにしたって。
(その名前、ここで出る?)
胸の奥が、わずかにざわつく。
すると、別の侍女がふと思い出したように、私を見た。
「そういえばさぁ。
あなた、婚約者候補の侍女よね?」
「は、はい!」
条件反射で背筋が伸びる。
「だったら、あそこの北側の部屋には近づいちゃだめよ」
「……どうしてですか?」
なるべく、興味のないふりで。
「前にね、知らずに入っちゃった侍女がいてさ。
次の日には、いなくなったのよ」
手元の茶葉が、かさりと音を立てる。
「なんでも、亡霊が出るとか……」
「それか、ジョルジュ陛下に目をつけられたんじゃない?」
ひそっと笑う声。
……笑えない。
私は曖昧に頷きながら、胸の奥で確信を深めた。
――さっきの部屋だ。
あの、黒いモヤが共鳴した場所。
(やっぱり、当たりじゃない)
背筋を冷たいものが伝う。
亡霊でも、陛下でも、
どちらにしても――
近づいてはいけない理由がある部屋。
私は、何も知らない侍女の顔を保ったまま、
静かに紅茶の茶葉を抱え直した。
「ありがとうございます」
声も、表情も、完璧な侍女。
……内心では、さっきの共鳴の余韻がまだ気持ち悪く残っているけれど。
「ねぇ、聞いた?」
背後から、ひそひそ声。
「ローゼ嬢が、ディラン殿下の部屋から出てくるのを見た人がいるんですって」
「うそ!」
思わず、手が止まりそうになるのを堪える。
「だって、ディラン殿下の本命はティアナ様でしょ?」
「えー、あれは形式上のものでしょ?
どうせ政治よ、政治」
侍女たちは楽しそうに顔を寄せ合い、噂を膨らませていく。
……本当に、噂話が好きだな。
それにしたって。
(その名前、ここで出る?)
胸の奥が、わずかにざわつく。
すると、別の侍女がふと思い出したように、私を見た。
「そういえばさぁ。
あなた、婚約者候補の侍女よね?」
「は、はい!」
条件反射で背筋が伸びる。
「だったら、あそこの北側の部屋には近づいちゃだめよ」
「……どうしてですか?」
なるべく、興味のないふりで。
「前にね、知らずに入っちゃった侍女がいてさ。
次の日には、いなくなったのよ」
手元の茶葉が、かさりと音を立てる。
「なんでも、亡霊が出るとか……」
「それか、ジョルジュ陛下に目をつけられたんじゃない?」
ひそっと笑う声。
……笑えない。
私は曖昧に頷きながら、胸の奥で確信を深めた。
――さっきの部屋だ。
あの、黒いモヤが共鳴した場所。
(やっぱり、当たりじゃない)
背筋を冷たいものが伝う。
亡霊でも、陛下でも、
どちらにしても――
近づいてはいけない理由がある部屋。
私は、何も知らない侍女の顔を保ったまま、
静かに紅茶の茶葉を抱え直した。



