『好きです』
あの時の声が、耳の奥でよみがえる。
俺の胸に預けられた重み。伏せた睫毛。
あの瞬間、確かに——俺を選んでくれた。
信じて、預けてくれた。
それを。
奪われるかもしれない?
試験という名で、値踏みされ、削られ、
壊されるかもしれない?
冗談じゃない。
王太子としての立場も、祖父への敬意も、
秩序も、規律も——
今はどうでもいい。
守ると決めた。
あの手を。
あの声を。
あの笑顔を。
失うくらいなら。
——失わせるくらいなら。
俺は、壊す。
たとえ相手が、この国の王であろうとも。
——関係ない。
ゆっくりと、剣を抜いた。
次期国王としてではない。
孫としてでもない。
ただ、一人の男として。
「……通してもらう」
剣を抜ききろうとした、その瞬間。
——きい、と音を立てて、扉が開いた。
「ディラン?」
聞き慣れた声。
反射的に顔を上げる。
「どうしたんだ、そんな物騒なものを持って」
立っていたのは、ジョルジュ陛下と——
「ティアナ……!」
思わず一歩踏み出す。
「無事か?」
「はい。大丈夫ですよ」
微笑んだ。
けれど、その笑みはどこか張りついている。
呼吸が、ほんの少し浅い。
——抱きしめたい。
今すぐ腕の中に閉じ込めて、確かめたい。
本当に無事なのかを。
だが、陛下の前だ。
俺は拳を握りしめ、その衝動を必死に押し殺した。
「……そうか」
喉の奥が、わずかに痛む。
陛下は、そんな俺たちを面白がるように眺めていた。
その視線に、嫌な寒気が走る。
——終わっていない。
扉の向こうで起きたことも、
今ここで漂う空気も、
何ひとつ“終わって”いない。
むしろ——
何かが、確実に始まってしまった。



