第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

走った。

廊下の石床を蹴る音が、やけに大きく響く。
胸の奥で膨らみ続ける嫌な予感が、呼吸を浅くしていく。

——あの扉だ。

重厚な装飾の扉の前に、二人の騎士団員が立ちはだかっていた。

「止まりなさい、殿下」

「どいてくれ」

自分の息が、わずかに荒いのがわかる。

「中にいるのは、ティアナだろう」

「はい。しかし——」

「今すぐ会う必要がある」

一歩踏み出す。
だが、騎士団員は剣の柄に手をかけ、静かに首を振った。

「陛下の命です。この扉は、許可なく開けられません」

「……陛下が?」

その言葉に、騎士団員は一瞬だけ視線を伏せた。

「現在、中では特別試験が行われております」

胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「特別試験?」

「詳細は、お答えできません」

扉の向こうは、異様なほど静かだった。
人の気配も、声も、何ひとつ感じない。

——静かすぎる。

「……ティアナ」

思わず名前が零れる。
返事はない。

「中で、何をしている?」

「……」

沈黙。
その沈黙こそが、答えだった。

扉に手を伸ばす。
だが、騎士団員が一歩前に出る。

「殿下、どうか」

「俺は、次期国王だぞ」

低く押し殺した声。
それでも、騎士団員は揺るがない。

「それでも、です」

はっきりとした拒絶。

その瞬間、理解してしまった。

——俺は、ここでは無力だ。

扉一枚の向こうで、
大切な人が何をされているのかも知らずに。

(……あなたは)

(何を、させている)

その時だった。

扉の向こうから、ほんのわずかに——
歪んだ魔力の気配が、かすかに漏れた。

「……っ」

胸の奥が、強く、痛むほどに跳ねた。
奥歯を噛みしめる。

止まれと言われても、止まれるはずがない。