第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


そして私は、その魔宝石に触れた。

触れた瞬間、胸の奥がひやりと沈む。
まるで、心臓の鼓動が一拍だけ遅れたような、不自然な静けさ。

(……なに、これ)

これは試験のための魔宝石じゃない。
もっと深いところ——私の“内側”を覗き込む何かだ。

測られている?
そんな生易しいものじゃない。

——吸われている。

魔力が、細い糸で引き抜かれるように、静かに、確実に奪われていく。
乱暴ではない。むしろ丁寧すぎて、逆に恐ろしい。
まるで、私の魔力の“形”を確かめながら、必要な部分だけを選び取っているような。

透明だった宝石が、赤、青、緑……
色を混ぜながら、ゆっくりと渦を巻き始める。

その渦は、ただの光ではなかった。
——脈打っている。
まるで呼吸するように、こちらの魔力に合わせて膨らんだり、縮んだりしている。

(……生きてる?)

喉がひりつく。
ジョルジュ陛下の言葉が、冷たい刃のように脳裏をかすめた。

(器……)

その単語が、今は妙に現実味を帯びて迫ってくる。

私は懐に手を入れ、短剣のラピスラズリに触れた。
石の冷たさが、皮膚を通して骨まで染み込む。

(壊すのはだめ—)

宝石が、こちらの思考を読んだように、色を濃くした。
赤が一瞬だけ強く光り、心臓が跳ねる。

(……見てる)

確信に近い恐怖が背筋を走る。
この宝石は、ただの道具じゃない。
“選んでいる”。
“試している”。
そして——“欲している”。

深く息を吸い、魔力の流れを整える。
ラピスラズリの冷たさが、かろうじて私を現実へ引き戻す。

——抑える。
——飲まれない。
——共鳴して、流れを変える。

「……蒼き想いよ。応えて。ラピスラズリ」

祈りにも似た願いを込めると、宝石の渦がわずかに緩む。
吸われる魔力が、少しだけ穏やかになる。

宝石はゆっくりと透明に戻っていく。
だけど…じっとこちらを見ているようだった。
沈黙しているだけで、意志は消えていない。

(……これで、なんとか)

そっと手を離す。

試験は続いている。
ただ、その裏で宝石が何を“判断”したのか——あの人にしかわからない。