離れようとした、その瞬間。
ふと、ディランが足を止めた。
握られていた手に、わずかに力がこもる。
「……ディラン?」
返事はない。
ただ、呼吸だけが妙に静かだった。
代わりに聞こえたのは——
「ディラン」
低く、湿ったような声。
「……陛下」
振り向いた先に、王が立っていた。
光の届かない場所にいるような、影の濃い姿で。
「ここで何をしている。後ろにいるのは……ティアナ嬢か」
その視線が、ゆっくりと私に向く。
まるで、皮膚の下まで覗き込むような目だった。
「今は王妃教育の時間だろう」
じっとりとした、値踏みするような眼差し。
呼吸が浅くなる。
「申し訳ありません」
ディランが、私を庇うように一歩前へ出る。
「私が無理を言って、付き合わせました」
私も慌てて頭を下げた。
「……いや、いい」
声だけは穏やかだった。
けれど、その奥にあるものは、まるで別の温度をしていた。
「たまには、息抜きも必要だろう」
優しい言葉なのに、背筋がひやりとする。
その瞳の奥は、深い底なしの暗さを湛えていた。
「ディラン」
陛下の視線が、彼に固定される。
その瞬間、空気がわずかに重くなった気がした。
「……あまり、はめを外すでないぞ」
「いずれ、国王になる身なのだからな」
「……はい」
短く答えるディラン。
その声に、いつもの強さがなかった。
陛下は、それだけを残して静かに去っていった。
扉が閉まる音が、妙に長く耳に残る。
残された静寂の中で、私ははっきりと理解してしまった。
——違う。
あの視線は、ディランを見ていなかった。
人を見る目ではない。
温度も、感情も、何もなかった。
あれは——
私という“器”を見ている、ガイルの目と同じだった。
ふと、ディランが足を止めた。
握られていた手に、わずかに力がこもる。
「……ディラン?」
返事はない。
ただ、呼吸だけが妙に静かだった。
代わりに聞こえたのは——
「ディラン」
低く、湿ったような声。
「……陛下」
振り向いた先に、王が立っていた。
光の届かない場所にいるような、影の濃い姿で。
「ここで何をしている。後ろにいるのは……ティアナ嬢か」
その視線が、ゆっくりと私に向く。
まるで、皮膚の下まで覗き込むような目だった。
「今は王妃教育の時間だろう」
じっとりとした、値踏みするような眼差し。
呼吸が浅くなる。
「申し訳ありません」
ディランが、私を庇うように一歩前へ出る。
「私が無理を言って、付き合わせました」
私も慌てて頭を下げた。
「……いや、いい」
声だけは穏やかだった。
けれど、その奥にあるものは、まるで別の温度をしていた。
「たまには、息抜きも必要だろう」
優しい言葉なのに、背筋がひやりとする。
その瞳の奥は、深い底なしの暗さを湛えていた。
「ディラン」
陛下の視線が、彼に固定される。
その瞬間、空気がわずかに重くなった気がした。
「……あまり、はめを外すでないぞ」
「いずれ、国王になる身なのだからな」
「……はい」
短く答えるディラン。
その声に、いつもの強さがなかった。
陛下は、それだけを残して静かに去っていった。
扉が閉まる音が、妙に長く耳に残る。
残された静寂の中で、私ははっきりと理解してしまった。
——違う。
あの視線は、ディランを見ていなかった。
人を見る目ではない。
温度も、感情も、何もなかった。
あれは——
私という“器”を見ている、ガイルの目と同じだった。



