第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

「いつも前を向いてる。立ち止まっても、また歩き出せる人」

「嫌でも、怖くても、自分を奮い立たせられる人」

「お嬢様が凛と立ってると、みんな、自然と引っ張られるんだ」

テオの声は落ち着いていて、どこにも迷いがなかった。
その確信に満ちた響きが、胸の奥をじんわりと温めていく。

「だから、大丈夫だよ」

「お嬢さまの良さは、俺がちゃんとわかってる」

一拍置いて、彼は視線をそらさずに続けた。

「——俺だけじゃない。みんな、みんなわかってる」

「だから、頑張れる。最後まで」

その言葉と優しい目に、涙がにじみそうになる。

「……テオ。なんか、すごく元気出た」

「それなら、よかった」

テオはふっと笑い、少しだけ身体を寄せてくる。
距離が縮まっただけで、心臓が跳ねた。

「不安になったら、言って」

「俺が、何度だって。何百回だって」

「お嬢さまのこと、褒めてあげるから」

その声が近くて、息が触れそうで、胸が熱くなる。

満月が雲に隠れた一瞬の暗がりで、テオがそっと名前を呼んだ。

「お嬢さま…」

テオが私の手をそっと掴み、
迷いなく引き寄せた。

驚くほど自然に、腕の中へ。

「……っ」

息が詰まるほど近い。
でも、不思議と怖くなかった。

テオは静かに囁く。

「俺、待ってるからね」

「……うん」

名残を断ち切るように、テオはそっと腕を離し、立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ行かなきゃ」

「テオ、ありがとう。来てくれて」

「うん。じゃあね」

それだけ言って、彼は闇に紛れるように音もなく降りていった。

——相変わらず、身軽だな。

でも、胸は不思議と軽かった。

元気、出た。

私は自分の頬をぱちんと叩く。

……らしくない。
ぐじぐじしてどうする。

私は私だ。
ちゃんと前を向いて、最後までやり切る。