「やっほー。ティアナちゃんいるー?」
聞き慣れた軽い声。
ブティック・グロウのルイだった。
「いえ。実は、王妃教育に行ってまして」
自分でも驚くほど、事務的な声が出た。
説明するための言葉は、もう何度も口にしている。
「いつまで?」
「1か月間ですので……あと2週間ちょっとはありますね」
「長っ!」
ルイは大げさに肩を落とした。
「やだー。せっかく来たのにー」
その反応に、胸の奥がわずかにざわつく。
――皆、同じことを言う。
そして、そのたびに思い知らされるのだ。
本当に、お嬢様はいないのだと。
頭ではわかっているのに、
その事実が胸に落ちるたび、ひどく静かに痛む。
もっとも、ルイはすぐに切り替えたようで、
そう言いながらも、何事もなかったかのように俺たちの輪に加わってくる。
この人らしい、と言えばそれまでだが。
その明るさが、今は少しだけありがたかった。
「よければ、これどうぞ」
ユウリが、控えめな仕草でクッキーを差し出した。
甘い香りが、張り詰めていた空気をわずかに緩める。
「ありがとう」
ルイは素直に受け取り、目を細める。
「これ、どうしたの?」
「少し休暇を取らせていただきまして。昨日、戻ってまいりました」
丁寧な口調は変わらないが、
どこかほっとしたような柔らかさが滲んでいる。
「そうなのね」
ルイは頷きながらクッキーをひと口かじり、
そのまま自然に輪の中へ溶け込んだ。
その様子を眺めながら、
胸の奥に小さな空白が残っていることに気づく。
――お嬢様がいたら、きっともっと賑やかだった。
あの人の笑い声があれば、場の空気は一瞬で変わる。
そう思ってしまう自分に、苦笑する。
会いたい、なんて。
そんなこと、口にできる立場じゃないのに。
それでも、心は勝手に疼く。
お嬢様のいない輪の中で、
その欠けた場所だけが、やけに鮮明だった。



