第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


「やっほー。ティアナちゃんいるー?」

聞き慣れた軽い声。
ブティック・グロウのルイだった。

「いえ。実は、王妃教育に行ってまして」

自分でも驚くほど、事務的な声が出た。
説明するための言葉は、もう何度も口にしている。

「いつまで?」

「1か月間ですので……あと2週間ちょっとはありますね」

「長っ!」

ルイは大げさに肩を落とした。

「やだー。せっかく来たのにー」

その反応に、胸の奥がわずかにざわつく。
――皆、同じことを言う。
そして、そのたびに思い知らされるのだ。
本当に、お嬢様はいないのだと。

頭ではわかっているのに、
その事実が胸に落ちるたび、ひどく静かに痛む。

もっとも、ルイはすぐに切り替えたようで、
そう言いながらも、何事もなかったかのように俺たちの輪に加わってくる。

この人らしい、と言えばそれまでだが。
その明るさが、今は少しだけありがたかった。

「よければ、これどうぞ」

ユウリが、控えめな仕草でクッキーを差し出した。
甘い香りが、張り詰めていた空気をわずかに緩める。

「ありがとう」

ルイは素直に受け取り、目を細める。

「これ、どうしたの?」

「少し休暇を取らせていただきまして。昨日、戻ってまいりました」

丁寧な口調は変わらないが、
どこかほっとしたような柔らかさが滲んでいる。

「そうなのね」

ルイは頷きながらクッキーをひと口かじり、
そのまま自然に輪の中へ溶け込んだ。

その様子を眺めながら、
胸の奥に小さな空白が残っていることに気づく。

――お嬢様がいたら、きっともっと賑やかだった。
あの人の笑い声があれば、場の空気は一瞬で変わる。

そう思ってしまう自分に、苦笑する。

会いたい、なんて。
そんなこと、口にできる立場じゃないのに。

それでも、心は勝手に疼く。

お嬢様のいない輪の中で、
その欠けた場所だけが、やけに鮮明だった。