第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

授業が終わり、長い廊下を歩く。
磨かれた床に足音だけが淡々と響き、やけに広く感じられた。

あんなに近くにいたのに、触れることすらできなかった。
ディランは忙しく、私のもとへ来る余裕もない。
それに、あからさまに接触すれば、他の令嬢たちの目がある。

——それくらい、わかっている。

わかっているのに。

他の令嬢と手を取り合って踊るディランを見るのは、正直、胸の奥がざわつく。
嫉妬というほど強い感情ではない。
ただ、ひどく落ち着かない。

仕方のないことだ、と自分に言い聞かせる。
王妃になる覚悟のない私が、何かを言える立場ではないことも理解している。

それでも。

令嬢たちからの無視は相変わらず続き、
すれ違うたびにひそひそと囁かれる陰口は、
もう日常の一部になっていた。

笑顔で受け流すことにも、疲れた。
気づけば——2週間。

思っていた以上に、心は擦り切れていた。

割と。
いや、かなり。

胸の奥に、じわりと重たいものが沈んでいく。
それは、痛みというより“沈殿”に近かった。
静かに、ゆっくり、逃げ場なく積もっていく。

今日だけじゃない。
ずっとだ。

紅茶の渋さも、破られた教科書も、花に混ぜられたガラス片も。
ひとつひとつは小さくても、積み重なれば重さになる。

そして今、その重さが胸の奥で悲鳴をあげる。

——限界だった。

呼吸はできる。
歩ける。
笑える。
“王妃候補”としての顔も、まだ保てる。

でも、心のどこかが、ぽきりと音を立てた気がした。

(……もう、頑張れないかもしれない)

そう思った瞬間、視界が少しだけ滲んだ。
涙ではない。
ただ、疲れがにじみ出ただけ。

それでも、誰にも見せられない。
見せたら、きっと崩れてしまうから。

私は、ぎゅっと唇を結んだ。