第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない


曲が、静かに流れ始める。

「お上手ですね」

「ありがとうございます」


レイさんの腕は逞しいのに、力を誇示しない。
触れたところだけ、静かに支えてくれる。

——良い筋肉だ。
努力してきた身体。
合法的に触れているのは、少し得をしている気分になる。
どうせなら、直接触れたいけれど…

そんな不埒なことを思いながらも、
歩幅も呼吸も自然に合わせてくれるから、とても踊りやすかった。

「指先どうされました?」

心配そうにレイさんが見つめる。
ガラス片で切ってしまって、包帯をしたところだ。


「花の授業で、トゲが少々…」

そう言って誤魔化す。


「ティアナ嬢……」

「なんですか?」

「い、いえ……」

レイさんは言いかけて、口を閉じた。
その視線が、ちらりと横へ逸れる。

ディランと、ローゼ。

完璧だった。
動きに迷いがなく、互いを疑う余地もない。

美しい——
その言葉が、ただ真実として胸に落ちた。

これが、長年積み重ねてきた教育の差なのかもしれない。

私も、ダンスは人並みには身につけてきた。
けれど、立ち方が違う。

ローゼは、
“王妃になる覚悟”を持って、あそこに立っている。
ディランを思い、その未来を選ぶ覚悟で。

——では、私は。

同じ場所に立ちながら、
何を選び、何を守ろうとしているのだろう。

胸の奥に浮かんだ問いに、
まだ、答えはなかった。