そして午後。
刺繍の授業が始まった。
……正直、退屈だ。
(こんな細い針を、ちくちく刺して……
何が楽しいんだろう)
無心で布に針を通しながら、内心ため息をつく。
そのとき――
「まあ……」
甘く、けれど少し高い声が響いた。
顔を上げると、
ローゼが私の手元を覗き込んでいる。
「お上手ですね、ティアナ様。
即席の王妃教育とは思えないほど」
にこり、と完璧な微笑み。
……褒めているようで、
“本来は場違い”だと言っている。
「ありがとうございます」
こちらも笑顔で返す。
するとローゼは、
自分の刺繍枠を少し持ち上げた。
「ただ……こちらをご覧になって?」
そこにあったのは、
驚くほど精緻な刺繍。
薔薇の花弁一枚一枚に陰影がつき、
今にも香り立ちそうなほどだ。
「これは、昔から習っておりますの。
婚約者候補として」
――暗に言っている。
“あなたとは、積み重ねが違う”と。
周囲の令嬢たちも、
くすくすと小さく笑う。
空気が、ひやりと冷えた。
(……なるほど)
これが、彼女のやり方。
直接は責めない。
けれど確実に、差を見せつける。
私は一度、針を置き、
ローゼの刺繍をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと微笑む。
「とても美しいですね」
私はそう言って、
視線を戻し、自分の刺繍に集中した。
……正直。
こんなことで張り合うなんて、
馬鹿馬鹿しすぎる。
誰が一番上手いかなんて、
今はどうでもいい。
王妃教育は競技会じゃないし、
ここで刺繍が完璧だからといって王妃になれる訳ではない。
私はなりたくないのだけど。
(それに……)
針を進めながら、静かに思う。
私がここに来た理由は、
誰かを蹴落とすためじゃない。
ディランの隣に立つ覚悟があるか、
それを確かめるためだ。
周囲の視線が、まだ時折こちらに向くのを感じる。
けれど、もう気にしない。
布に浮かび上がっていく模様を、
ただ丁寧に追っていく。
不思議と、
心はさっきよりも落ち着いた。
刺繍の授業が始まった。
……正直、退屈だ。
(こんな細い針を、ちくちく刺して……
何が楽しいんだろう)
無心で布に針を通しながら、内心ため息をつく。
そのとき――
「まあ……」
甘く、けれど少し高い声が響いた。
顔を上げると、
ローゼが私の手元を覗き込んでいる。
「お上手ですね、ティアナ様。
即席の王妃教育とは思えないほど」
にこり、と完璧な微笑み。
……褒めているようで、
“本来は場違い”だと言っている。
「ありがとうございます」
こちらも笑顔で返す。
するとローゼは、
自分の刺繍枠を少し持ち上げた。
「ただ……こちらをご覧になって?」
そこにあったのは、
驚くほど精緻な刺繍。
薔薇の花弁一枚一枚に陰影がつき、
今にも香り立ちそうなほどだ。
「これは、昔から習っておりますの。
婚約者候補として」
――暗に言っている。
“あなたとは、積み重ねが違う”と。
周囲の令嬢たちも、
くすくすと小さく笑う。
空気が、ひやりと冷えた。
(……なるほど)
これが、彼女のやり方。
直接は責めない。
けれど確実に、差を見せつける。
私は一度、針を置き、
ローゼの刺繍をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと微笑む。
「とても美しいですね」
私はそう言って、
視線を戻し、自分の刺繍に集中した。
……正直。
こんなことで張り合うなんて、
馬鹿馬鹿しすぎる。
誰が一番上手いかなんて、
今はどうでもいい。
王妃教育は競技会じゃないし、
ここで刺繍が完璧だからといって王妃になれる訳ではない。
私はなりたくないのだけど。
(それに……)
針を進めながら、静かに思う。
私がここに来た理由は、
誰かを蹴落とすためじゃない。
ディランの隣に立つ覚悟があるか、
それを確かめるためだ。
周囲の視線が、まだ時折こちらに向くのを感じる。
けれど、もう気にしない。
布に浮かび上がっていく模様を、
ただ丁寧に追っていく。
不思議と、
心はさっきよりも落ち着いた。



