「では、始めてください」
合図とともに、ローゼは滑らかに動いた。
扉への歩き方、入室の角度、スカートの扱い、挨拶の深さ。
――どれも完璧。
さすが、長年教育を受けてきた婚約者候補。
(……正直、分が悪い)
けれど。
私は、深く息を吸った。
魅せ方なら、知っている。
誰かの期待に応える笑顔も、相手を立てる距離感も。
一つ一つを、丁寧に。
決して張り合わず、けれど引かず。
並び立ったとき、不思議と、視線がこちらにも集まっているのを感じた。
「……」
ローゼの微笑が、ほんの一瞬だけ、強張る。
「結構です」
教育係の声が響いた。
「両名とも、良い動きでした。
特にティアナ嬢。相手を引き立てる所作が自然ですね」
空気が、ぴんと張りつめる。
ローゼは微笑んだまま、小さく囁いた。
「……随分と、王子殿下に好かれていらっしゃるようで」
その声は、氷のように冷たかった。
(……ああ)
やっぱり。
これは静かな戦場だ。



