第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない

――そのとき。

胸の奥が、ひやりと冷えた。
理由なんてない。ただ、本能が先に反応した。

……まずい。
これは、本当にまずい。

「君は……確か、ティアナ・ラピスラズリだったね」

低く、湿ったような声。
振り向いた先に立っていたのは――ジョルジュ陛下だった。

「は、はい。ティアナ・ラピスラズリです。王妃教育として、本日よりこちらに参りました。よろしくお願いいたします」

「ふむ」

陛下は、瞬きもせず、じっと私を見つめる。
その視線は、体の芯を貫くように冷たい。

「ガイルの件では、世話になったね。それに……ディランとも、仲良くしてくれているようだ」

「……は、はい」

瞳はディランと同じエメラルド色。
けれど、彼のような温かさは一欠片もない。
深い緑は濁り、底が見えない沼のようだった。

光が、どこにも届いていない。

見つめられているだけで、皮膚の下がざわつく。
笑ってもいないのに、笑っているような――そんな錯覚すら覚える。

「あまり、王国内をうろつかず……部屋で、ゆっくりするといい」

言葉は穏やか。
だが、空気は重く、圧し掛かるようだった。

私は反射的に頭を下げる。

「……申し訳ありません」

「いや。怒ってはいないよ」

声は柔らかいのに、温度がない。
氷のように冷たく、感情がどこにも感じられない。

「では、王妃教育。がんばってくれたまえ」

一拍置いて、低く付け加えられた。

「――孫とも、仲良くしてやってくれ」

その言葉だけ、妙にねっとりと耳に残った。

陛下が通り過ぎ、角を曲がって姿が消えるまで――私は動けなかった。

背中を冷や汗が伝う。

本能が、はっきりと告げていた。

――あの人には、近づいてはいけない。