恋は手のひらの上で

キーボードに指を置く。
深呼吸をひとつ。

まずは、数量レンジの再確認。
そのあと、CPAの試算を整理し直す。

数値を組み直しながら、キーボードに文字を打ち込んでいく。
少しずつ賑やかになってきた事務所の中で、キーボードを叩く音が耳の奥に残る。

返信は、しっかりとしなくては。

きちんと向き合っている人には、時間がかかったとしても、ちゃんと考えて返したい。



キーボードを叩く音に混じって、出社してきた誰かの笑い声が遠くで弾ける。


「おはよう。西野さん、早いね」

振り向くと、営業部の先輩がコーヒーを片手に通り過ぎていく。

「あっ、はい。ちょっと整理したくて」

いつも通りの声が出る。
いつも通りの月曜だ。

…なのに。


メールの一文が、まだ画面の奥で静かに光っている。
私は一度だけ、その文字列を閉じた。

そう、仕事だ、と自分に言い聞かせた。