恋は手のひらの上で

その時、無機質な部屋に異質な音が響いた。


─────コンコン。


突然のノックの音に、二人とも一瞬止まった。


椎名さんの手が、ゆっくり私の頬から離れる。

ほんの一瞬、目が合う。
それから椎名さんは小さく息を吐いた。


気づいた時には、もう彼の温もりはどこかへ行き、瞬きの間に会議テーブルの向こう側に立っていた。


─────瞬間移動、した。


ぼんやりした頭でそんなことを考えていたら、向こう側の椎名さんが

「どうぞ」

と、いつもの落ち着いた声でノックした相手へ返事をしていた。


私はそこで、やっと気づく。

自分の手を見下ろす。
そういえば、椎名さんのシャツを思いきり掴んでいた。


テーブルの向こうにいる彼の、きれいだったはずのシャツが、見事にしわくちゃになっている。

彼もそれに気づいたようだったけれど、直す時間なんてない。
ほんの一瞬だけ、眉が動いただけだった。


そのタイミングで、会議室のドアが開いた。


「芽依〜!」
「椎名さん見に来たよ〜!」


紗英と麻耶が、勢いよく会議室に入ってくる。
予想外の二人の乱入だった。

私は固まったままで、まだ動けない。

顔が熱い。
いや、熱いどころじゃない。
心臓がまださっきのキスのまま暴れている。


何か言わなきゃ。

そう思うのに、まったく声が出ない。

「…芽依?」

紗英が私の目の前に来て、首をかしげる。
まだ整っていない息を、悟られまいと必死に止める。